【連載ばぁばみちこコラム】第六十四回 胎内から始まる母子支援 -特定妊婦- 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 様々な問題を抱え、妊娠中や出産後に周りの人の手助けが必要な妊婦を児童福祉法で「特定妊婦」と定めており、地方自治体などから必要な支援を受けることができます。

特定妊婦とは?=児童福祉法に基づき、妊娠中から養育上の公的支援が必要な妊婦

 「特定妊婦」という言葉をご存じですか?

 子どもへの虐待を防ぎ、産まれてくる子どもの命と幸福を守る観点から、2009年に施行された改正児童福祉法で、初めて「特定妊婦」という言葉が使われ、妊婦と胎児が福祉の支援対象とされました。

 

 若すぎる妊娠や望まない妊娠、夫からのDVや経済的貧困などの問題を抱え、支援者がいないために、赤ちゃんを産んだ後に育てることが難しく、赤ちゃんを遺棄するなどの虐待に至ってしまう悲しい報道が見受けられます。

 行政が妊娠中から支援が必要であると認めた妊婦を「特定妊婦」として、各自治体が設置している「要保護児童対策地域協議会」に登録することによって、妊娠中から、継続的に問題点を話し合い支援の方法を探していきます。

 

 

 どのようなお母さんを特定妊婦として登録するかについては具体的な基準はなく、自治体によって判断されますが、主な条件は厚生労働省の養育支援訪問事業ガイドラインに示されています。

 以下のような条件がある場合に「特定妊婦」として、各自治体にある「要保護児童対策地域協議会」に登録されます。

 これらの妊婦は出産後に赤ちゃんを育てるのが困難な状態が予想され、虐待がおこるハイリスクであると考えられます。

 

  1. 妊婦が若すぎる場合
     経済的に自立していないことが多く、育てていくことができるかどうかは、妊婦の精神状態や、パートナーとの関係、両親などのサポートを受けることができるどうかで判断されます。

  2. 経済的に問題があり、出産後も子育てが難しい場合
     補助金などのサポートが受けられる制度などを紹介してもらうことが可能です。

  3. 望まない妊娠をしてしまった場合
     望まない妊娠や出産に抵抗がある場合には、心と体のケアが同時に必要になります。
     子どもを望んでいない場合には、人工妊娠中絶ができるタイムリミットがあり、また、生まれた後に養子縁組や里親を探すなどの対応が必要な場合には早めに医療機関や専門機関との連携が必要となってきます。

  4. 妊娠届が遅すぎる・定期健診を受けていない場合
     出産の準備が十分でなく、経済的な問題がある場合には対象となります。

  5. 妊婦に病気がある場合
     病気が理由で「特定妊婦」に認定される場合、大半は総合失調症などの精神的な病気や社会心理的な病気が対象となります。また、リスクのある妊娠で精神的に不安定になっている場合にも、対象と認められることがあります。

  6. 多胎妊娠
    他の条件とあわせ、出産や育児が困難だと判断された場合には対象となることがあります。

  7. その他
     パートナーからのDVや幼い頃に虐待を受けたことがある、赤ちゃんの父親が分からないなどの場合も対象となることがあります。

 

要保護児童対策地域協議会(子どもを守る地域ネットワーク)とは?

 

 要保護児童対策地域協議会は、地域で支援が必要な児童を早期に発見し適切な支援を行うとともに、増加している虐待の予防につなげることを目的に地方公共団体が設置し運営している組織です。2004年度の児童福祉法の改正で法的な位置づけがなされ、要保護児童対策地域協議会は福祉の関係者が情報を交換し、支援の協議を行う機関とされました。

 

 2007年改正では、地方公共団体に対し、設置の努力義務が課されました。また、2008年改正では、支援対象を、養育支援が必要である子どもやその保護者だけでなく、困難をかかえる妊婦に拡大することや、調整機関に専門職を配置する努力義務が課されるなど、地域協議会の機能の強化が順次図られてきました。

 

 

 協議の対象となるのは、保護者がいない子どもや、保護者が育てることが難しい子どもとその保護者です。

 この対象の中に出産後の養育について出産前から支援が特に必要とされている妊婦(特定妊婦)が含まれています。これは、母親の支援をしっかり行うことが、生まれてくる子どもの命を守ることや幸福に直結していると考えられるからです。

 

 協議会の構成員は役所の児童福祉担当部局、民生児童委員、児童相談所、保育所や幼稚園など関係分野の専門家などからなっており、情報交換や支援の協議が行われています。

 日本周産期メンタルヘルス学会(妊産婦の精神面の課題について話し合う学会で、多職種の会員で構成)は、特定妊婦について地域協議会と情報共有を行うことを強く勧めており、2016年の児童福祉法改正では、特定妊婦が医療機関で把握された場合には、居住地の市町村へ情報提供することが努力義務とされています。

 

要保護児童対策地域協議会の設置割合

 2004年の児童福祉法の改正によって要保護児童対策地域協議会の法的位置づけが、児童虐待の防止であることが明確になり、また、2007年には地方公共団体に協議会の設置が努力義務とされ、また、2008年には特定妊婦に対象範囲が拡大しました。

 それによって、地域協議会の設置割合は努力義務以前には4.6%であったものが、2016年には99.2%とほとんどの市町村に設置されています。

 また、設置に際しては、協議会の名称や構成メンバー等の公示が義務付けられています。

 

 

特定妊婦の登録数は増加している=全国で8,000人以上

 母子手帳を交付する際や妊婦健診の際などに、保健師や助産師との面談で特定妊婦と思われる場合や、妊婦自体が自治体の相談窓口に行ったりすることがきっかけで、特定妊婦として地域協議会に登録されます。

 

 登録が開始された2009年の特定妊婦は994人で、その後は横ばい傾向が続きましたが、20164月時点は4,785人、20174月は5,976人と登録数が近年倍増しています。20184月にはほぼ100%に当たる1736市区町村で協議会の整備が加速し、登録数は7,233人にまで増加しました。2019年の登録者数は8,253人で、同年の妊娠届け出数916,590人のほぼ1%弱、100人に1人の割合で特定妊婦が登録されていることが分かります。

 

特定妊婦の支援が求められる背景には0カ月(特に0日)の赤ちゃんへの虐待の増加

 特定妊婦の支援が求められる背景には、近年増え続ける児童虐待、特に0カ月児(中でも0日)の赤ちゃんへの虐待の増加があります。

 

 厚労省の社会保障審議会児童部会は2004年から虐待で亡くなった子どもの検証を行っています。現在までに第18次報告が出ており、18年間で亡くなった子どもは1,534人で、4日に一人の子どもが亡くなっています。

 そのうち、0歳児は528人で、虐待で亡くなった子どもの約35%を占め、他の年齢の中で最も多くなっています。そのうち、0カ月児は215人で、亡くなった0歳児の約40%を占めています。

 心中以外で亡くなった0カ月児207人の赤ちゃんのうち0(産まれた当日)で亡くなった赤ちゃんは173人で、実に0カ月でなくなった赤ちゃんの84%が産まれた当日に虐待で命を落としています。

 

 お母さんは産まれたばかりの赤ちゃんとの間にまだ十分な愛着ができていません。お母さんにとっては、望まない妊娠や経済的問題などがあると、たとえ元気な赤ちゃんであっても、自分の子どもとして受け入れることができず、虐待や遺棄を起こしてしまう可能性があります。

 まさに、この産まれて0カ月、特に0日は、虐待が最も起こる時期であり、特定妊婦への支援はまさに、この時期の虐待防止に焦点をあてた育児支援であると言えます。

 

特定妊婦の登録で受けられる支援は?

 妊娠初期から子育て期にわたる切れ目のない支援を目指して、2017年4月から子育て世代包括支援センターが各市町村に設置され、それぞれの時期に応じた支援の情報や助言が行われています。この中には2014年度から実施されてきた妊娠・出産包括支援事業、平成2015年度から開始された子ども・子育て支援新制度も含まれています(58回コラムをご参照ください)

 特定妊婦も当然この支援に含まれますが、産前からより細やかな個々の事情に応じた支援が必要です。実際に受けることができる支援は、それぞれの妊婦の事情や自治体によって異なります。

 

 

 支援を行っていく上で最も大切なことは、保健師や社会福祉士などが面談を繰り返し、信頼関係を築くことです。それにより、それぞれの妊婦が抱えている問題とその背景に応じた支援が可能となります。

 産科に受診していない場合には、産科受診費用の補助出産の受け入れ病院や産前・産後母子入居支援施設の紹介を行っています。

 また、家事支援のサービスの紹介や出産後の育児についての相談や指導なども行っています。

 

妊娠・出産包括支援事業 ー産前産後サポート事業、産後ケア事業ー

 

 妊産婦の不安や負担軽減のため、2015年度から妊娠・出産包括支援事業が本格的に実施され、より切れ目のない連携が必要であるとして、2017年4月の改正母子保健法の施行により「子育て世代包括支援センターの設置が義務化されました。

 子育て世代包括支援センターは、妊娠期から子育て期にわたる様々なニーズに対し総合的に相談支援を行う拠点で、地域の様々な関係機関と情報を共有しネットワークを作っています。

 その中の一環として、妊娠・出産包括支援事業(産前・産後サポート事業及び産後ケア事業)があります。

産前産後サポート事業

 産前・産後サポート事業の最大の目的は妊婦の不安の軽減で、育児のやり方の確認、地域の子育て支援情報の提供です。対象となるのは、子育て世代包括支援センターの利用者のうち育児不安があっても、身近に相談できる者がいないなど支援が必要と判断されたお母さんです。

 妊娠初期(母子健康手帳交付時)から産後1年頃まで支援が受けられ、自宅に来てもらうこともできます。また、保健センターで行うデイサービス(参加型)では集団で行うものもあり、同じ悩みをもつお母さん方と話し合うことによって「一人ではない」という思いを持つことができます。

 

産後ケア事業

 分娩施設を退院後から一定の期間、助産師等の看護職がお母さんの心身の回復を促進し、授乳指導と育児手技の指導を行って、健やかな育児ができるよう支援することを目的としているのが産後ケア事業です。

 産後に心身の不調又は育児不安等があるお母さんが対象となります。実施期間は出産後1年です。

入所施設を有する助産所などでの短期入所や通所、自宅に訪問しての指導などがあります。短期入所の場合には1名以上の助産師等の看護職が24時間体制での配置が必要です。

 

 

 広島県内の市町子育て世代包括支援センターは令和4年7月1日現在76か所あります。広島県のホームページに紹介されています。

 また、 広島市公式ホームページ|国際平和文化都市(hiroshima.lg.jp)産前・産後のお母さんをサポートします(広島市妊娠・出産包括支援事業)にも広島市の産前産後サポート事業や産後ケア事業が紹介されています。参考にしてくださいね。

 

さいごに

 生まれる子どもの数が減っています。結婚や子どもを持つことへの意識の変化もありますが、経済的な不安や仕事との両立の難しさ、男性の育児に対する無関心など、女性にとって子育ての負担感やストレスはかなり大きいものがあります。

 少子化問題を解決することは容易ではありませんが、少なくとも子育てをするお母さんの不安が取り除けて、子どもを産むお母さんが幸せを感じなければ、子どもを産みたいとは思えないかもしれません。そのために必要なのはパートナーや周囲の理解とサポートなのではないでしょうか?

ではまた。 Byばぁばみちこ