【連載ばぁばみちこコラム】第五十七回 母子健康手帳 ―お母さんからの贈り物― 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 お母さんの健康と妊娠分娩の経過、そして生まれた子どもの記録が一冊にまとめられた『母子健康手帳』は1984年に世界で初めて日本で作られました。その後、現在では世界50か国以上の国でそれぞれの国の社会経済状況、医療制度、文化や宗教にもとづいた各国独自の母子手帳が作られています。

母子健康手帳の誕生 母子健康手帳の前身はお母さんの健康を守るための妊産婦手帳

 母子健康手帳の原形は、太平洋戦争中の1942年に作られた『妊産婦手帳』です。

 この手帳は、お母さんに妊娠の届出を義務づけることよって、保健婦による保健指導や必要に応じて医師、助産婦による治療を行い、妊娠分娩に伴うお母さんの死亡を防ぐことが主な目的でした。

 また、戦時下で、手帳を持参することで妊娠や育児に必要な物資の配給を受けることに役立ったことから、米や砂糖などの配給欄にたくさんのページが割かれていました。

 1947年に児童福祉法が成立し、これに基づいて保健所を中心とした母子行政が行われるようになり、この手帳を妊産婦自身の健康管理だけでなく、子どもの健康管理にも拡大するために、1948年に世界で初の『母子手帳』が発行されました。

 1965年にお母さんと乳幼児の健康の保持と増進に寄与することを目的とした母子保健法が制定されたのをきっかけに、1966年に『母子健康手帳』という名前に変更されました。

 

母子手帳はどのようにもらえるのでしょうか?

 1965年に制定された母子保健法第十五条では、お母さんが妊娠した場合、速やかに市町村長に妊娠の届出をしなければならないと定められており、市町村はこれに応じて母子健康手帳を交付しなければならないとされています。

 妊娠の届け出は、妊娠が分かってすぐではなく、病院で赤ちゃんの心拍が確認できてから行うのが一般的です。経過によって違いはありますが、妊娠9週頃には、病院から「次の健診までくらいには妊娠の届け出をしてくださいね」と声を掛けられることが多いと思います。母子健康手帳の交付場所は、住居地区の各保健センターです。

 母子健康手帳は、日本で妊娠出産するすべてのお母さんがもらえるもので、結婚しているかどうかは関係ありません。

 

 

 交付に必要な書類は、「妊娠届出書」「マイナンバー確認書類」「本人確認書類」です。

 妊娠初期は、切迫流産などでお母さんの安静が必要なこともあります。手帳の交付は委任状、妊婦のマイナンバー確認書類、代理人の確認書類があれば代理人でも申請が可能です。

 また、2018年7月から、妊娠の届出がマイナポータルでオンライン申請することが可能となりました。申請後、約1週間で住居地の保健センターの窓口で母子健康手帳を受け取れます。 なお、母子健康手帳は子ども一人につき一冊なので、多胎の場合は赤ちゃんの数に応じた母子健康手帳が交付されます。

 母子手帳の交付後に赤ちゃんが亡くなった場合、母子手帳の返却は必要ありません。また、万が一母子健康手帳をなくしてしまった場合には再発行ができます。

 母子保健法は国内で出産するすべてのお母さんに適用されていますので、国籍に関係なく、母子健康手帳をもらうことができます。

母子健康手帳の役割とメリット

 

 母子健康手帳の重要な役割は、妊娠中から乳幼児期までに医療関係者やご両親が記載した健康に関する重要な情報が一冊の手帳で分かり、子どもの健康管理に役立てることができることです。

 

妊婦健診

 妊婦健診の記録を手帳に残すことで、妊娠経過が一目でわかるようになります。

 

出産時の記録

 妊娠期間、出産日時、分娩所要時間など出産についての記録と体重や身長など赤ちゃん自身の記録です。赤ちゃん誕生の時の思いを残しておくと、お母さんやお父さんが将来育児で悩んだ時などに自分の原点を思い起こすことができると思います。

 

予防接種の記録

 母子健康手帳と一緒にもらう母子健康手帳別冊には無料で予防接種を受けることができる接種券などが入っており、予防接種を受けた時に医師が内容を書き込みます。予防接種はそれぞれの予防接種を受けることができる年齢が決められていますので注意が必要です。

 

子供の成長記録と育児日記

 月齢別にページが設けられお父さんやお母さんが自由に書き込めるようになっています。はじめてしゃべった言葉やはじめて歩いた日の記録、赤ちゃんの顔写真を貼っておくと子どもの大切なアルバムになります。

 

子育てサービスの情報

 市区町村主催の母親学級や両親学級や離乳食講習会などの情報が得られます。

 

母子健康手帳の内容 母子健康手帳は省令様式と任意様式の二部構成になっている

 母子健康手帳は、前半の省令様式の部分と後半の任意様式の部分に分かれています。

 

省令様式

 省令様式は厚生労働省の省令で定められた用式で、全国一律の様式です。

 改正された平成24年度からの母子健康手帳は表紙から51ページまでがこの様式にあたります。妊娠中の経過、乳幼児期の健康診査の記録、予防接種の記録、乳幼児身体発育曲線など妊産婦や新生児・乳幼児の記録に関する部分で、医療・保健の担当者だけでなく、お母さんやお父さんもしっかり記入してください。

 省令様式には、ご両親が記載する項目が多くあります。

 

任意様式

 妊産婦の健康管理や新生児・乳幼児の養育に必要な情報が記載された部分で、厚生労働省令で記載項目のみを定め、通知で様式を示しています。市町村によって、地域の実情にあわせ独自に内容が作成されています。

 日常生活上の注意、育児上の注意、妊産婦・乳幼児の栄養の摂取方法、予防接種に関する情報など育児に重要な注意事項を解説した簡単な育児書のようになっており、乳幼児の公費負担制度や働くお母さんの支援についても書かれています。

 

2012年の母子健康手帳の見直しと改正

 

 母子健康手帳については、定期的に検討会や有識者によるヒアリングが行われており、社会情勢や保健医療福祉制度の変化、乳幼児の身体発育の変化などを踏まえた改正が、10年に一度程度行われています。

 現在使われている母子健康手帳は2012年に改正されたもので、お母さん自身が妊娠分娩や育児に主体的に取り組むことを支援する方針の改正となっています。

 この新しい母子健康手帳は、育児不安や虐待などの母子保健をめぐる社会状況の変化に対応することに主眼が置かれています。また、2010年に計測された身体発育の結果にもとづいた乳幼児の身体発育曲線の改訂が行われています。

 

安全な妊娠と出産

 ハイリスク妊娠の増加に伴い、お母さんが自分で主体的に妊娠分娩と育児に取り組めることを目標とした改定が行われています。

 安全な妊娠出産のために、妊娠合併症に関する情報を増やすとともに、胎児の発育を記録する「胎児発育曲線」のグラフで、お母さんが胎内での赤ちゃんの発育をチェックすることができます。(第42回コラム赤ちゃんに問題となる妊娠合併症-胎児発育不全-を参照ください

 また、「妊婦自身の記録」の自由記載欄を増やすことによって、自分でむくみ、性器出血、おなかの張り、腹痛等などの注意すべき症状や体調に注意することを促しています。

 

育児

 各月齢の「保護者の記録」の項目については、成長発達の一部について保護者が書きやすいように達成した時期を記入する形に変更されています。例えば「寝返りをしましたか」から「寝返りをしたのはいつですか」などに変更されています。

 新生児の検査結果を記録する欄を新しく設け、先天性代謝異常検査新生児聴覚検査の結果の記入が可能となりました。また、胆道閉鎖症等の早期発見のために新生児の「便色カード」情報を追加しています。

 省令様式の最終部分に「予防接種の記録1、2」として就学前の定期予防接種の記録欄、任意様式の冒頭部分に「予防接種の記録3、4。5」として就学後の定期予防接種と任意予防接種の記録欄を設け、一連の予防接種がものとして使いやすいようになりました。

 また、乳幼児の予防接種は種類が増え、生後2か月から接種できるものもあるため、予防接種のスケジュール例を示し、早い時期にかかりつけ医などに相談するよう記載しています。

 

母子健康手帳をもらったら?

 母子健康手帳には、健診をした医師や助産師が記入する欄のほかに、お母さんやお父さんが自分で記入するページがあります。

 まずもらって最初に記入するのは、はじめのページにある妊婦の情報です。氏名・生年月日のほか、年齢や職業、夫・パートナーがいる場合は同じく氏名・生年月日・年齢・職業を記入します。その他、現住所や電話番号、初診日・分娩予定日も記入しましょう。

 2、3ページの妊婦の健康状態、妊婦の職業と環境の部分も書き込んでおきましょう。

 

妊娠中や赤ちゃんが幼い時は母子健康手帳を常に携行しましょう

 妊娠中は急なアクシデントが起こることがあります。また、お母さんが妊娠中に産婦人科以外の病院を受診する場合、手帳があれば妊娠経過を確認することができます。

 また、赤ちゃんが外出先や帰省先などで、急に体調を崩し受診が必要な場合には、予防接種などの記録がある母子健康手帳が役に立ちます。

 

公的サービスを利用しましょう

 妊婦健康診査受診票や行政のサービス、母親学級や両親学級などの公的なサービスを利用しましょう。

 

お父さんとお母さんのコミュニケーションに役立てましょう

 母子健康手帳はお母さんだけのものではありません。お父さんも保護者の記録の欄に赤ちゃんへの思いを記入してください。また、お母さんの健診があった日には、一緒に手帳を見ながら、赤ちゃんの成長を一緒に喜んでください。

 

 

母子健康手帳のアプリ「母子モ」 !!  子育て支援の新しい味方

 『母子モ』は、エムティーアイが開発した「母子手帳アプリ」で、スマートフォンやタブレットに対応しています。保健センターで母子手帳をもらう時に、アプリの説明を受けると思います。母子モには、妊娠・出産・育児に関する幅広い機能がありますが、主な機能は3つです。

 1つ目が「地域情報の配信」です。こども医療費補助制度・児童手当の情報や手続き、育児に役立つ周辺施設の案内やパパママ教室など各種お知らせが送られてきます。

 2つ目は、紙の母子手帳の代わりに、さまざまな「データ・記録を残す」ことです。妊娠中の母親の記録や子どもの成長記録、健診データなど大量の記録を残すことができます。

 3つ目が「予防接種のスケジューラー」としての役目です。

 子どもが受けなければならない予防接種は30回以上あり、受けられる期間が限られています。また、発熱などで予防接種の予定を変更しなければならないこともあります。「母子モ」の「予防接種スケジューラー」は、この複雑な予防接種の計画を立てることができ、接種忘れなどを予防できます。

 

 広島市では、『ひろしま子育て応援アプリ』として、母子手帳アプリ『母子モ』の配信を2018年10月1日から開始しています。2018年度に配信開始以降、配信数は2018年度末3009人、2019年度末5998人、2020年度末10192人、2021年度末13413人と次第に増加しています。

 

 母子モは子どもの成長を写真と一緒に記録でき、初めて寝がえり/おすわり/ハイハイ/ひとり立ち/ひとり歩きなどができた日を【できたよ記念日】として保存できます。また、ファミリー共有機能があり、お父さん、お母さんだけではなく、遠くにいるおじいちゃん・おばあちゃんとも赤ちゃんの成長を一緒に見守ることが可能です。

 

さいごに

 1948年に生まれた「母子手帳」は、今や50を超える国に広がっています。日本生まれの母子手帳が世界に広がる一歩を踏み出したのは、国際協力機構からインドネシアに派遣されていた小児科医の中村安秀先生で、試作版を1988年に作成されています。

 予防接種の記録など治療に必要な医療情報が記入してある母子手帳は、紛争地域では「命のパスポート」とも呼ばれています。

 

 大きくなって子どもが結婚する時に、幼い頃の写真やメッセージなどがたくさん詰まった母子手帳を贈り物として手渡すことができたら素敵ですね。

 

ではまた。Byばぁばみちこ