【連載ばぁばみちこコラム】第四十二回 赤ちゃんに問題となる妊娠合併症-胎児発育不全- 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 妊婦健診で「赤ちゃん、順調に大きくなっていますね。」と言われるとほっとします。お腹の中での発育には個人差があって、様々な要因によって発育が遅れる「胎児発育不全」を疑われる赤ちゃんがいます。

胎児発育不全:FGR(fetal growth restriction)とは?

 胎児発育不全は子宮内発育不全(IUGR:intrauterinegrowth  restriction)とも言われ、何らかの原因で、お腹の中で赤ちゃんの成長が抑制されたり、止まったりして、妊娠週数に見合った発育がみられない状態であることを示しています。

 胎児発育不全の赤ちゃんは、全妊娠の3~7%程度に認められ、改善傾向が見られない場合には、原因を調べるとともに、赤ちゃんの安全のために入院管理が必要なことがあります。

胎児の発育を評価には正確な妊娠週数が必須条件 !!

 赤ちゃんはお腹の中で、妊娠週数に伴って成長します。赤ちゃんの発育を評価するためには、出産予定日から計算して、赤ちゃんが、今、何週何日であるかという正確な妊娠週数が基本となります。

 通常、出産予定日は最終月経初日を0日として280日目に設定されますが、必ずしも正確に判断できないこともあり、超音波検査を行って確認が行われます。

超音波検査では、胎児の頭からお尻までの長さ(CRL:胎児頭臀長)を測って、標準の値から妊娠週数を判断します。

 妊娠8~12週目で測った値は個人差が少なく、正確に予定日を割り出すことができます、この時期を過ぎると赤ちゃん自身が丸くなったり、背伸びをしたりして、正確な測定ができにくくなります。

 

 

胎児の推定体重と胎児発育曲線:胎内での赤ちゃんの発育を評価

 胎児の推定体重は、超音波検査で測定した頭部や腹部の大きさ、大腿骨の長さの数値を計算式にあてはめると、自動的に推定児体重(EFW: estimated fetal weight)として算出されます。

 

 

 発育が順調かどうかを評価するためには、妊娠週数ごとにどのぐらいの体重であれば普通なのか、ということを比較できるようにしておく必要があります。この推定体重を評価するために作られたのが、胎児発育曲線です。この胎児発育曲線は、正期産、正常体重で産まれた赤ちゃんの各妊娠週数での超音波の計測値から作られています。

 

 

 超音波検査で判定された胎児の推定体重は、あくまでも「推定」の体重なので、必ず誤差がありますが、胎児発育曲線の上で、±2.0 SDの範囲内で胎児が発育していれば問題はありません。

 -2.0 SDの曲線から一回はずれたからと言ってすぐに、胎児発育不全とは言えません。

 評価は妊娠中に何度か計測を行って、総合的に判断することが重要で、前回より推定体重が増えていて±2.0 SDのラインの中に推定体重がおさまっていれば、大丈夫です。-2.0 SD以下が続き、体重が増えないようであれば、胎児発育不全の原因となるような問題がないか、調べる必要が出てきます。

 

母子健康手帳の「胎児発育曲線」を使って赤ちゃんのお腹の中での発育をチェックしましょう!!

 母子健康手帳は赤ちゃんを妊娠してから、産まれた子どもが小学校に入学するまでのお母さんとお子さんの健康の記録です。

 母子健康手帳は1942年の「妊産婦手帳」に始まり、1948年に「母子手帳」に改正された後、1965年の母子保健法の制定によって、「母子健康手帳」と言う名前に変更されました。

 母子健康手帳は、前半の省令様式の部分と後半の任意様式の情報の部分に分かれており、様式が10年に一度改正されています。現在使われている母子健康手帳は平成24年に改正されたもので、この改定の際に、後半の任意様式部分に「胎児発育曲線」が掲載されました。

 妊婦健診の際に、産科の先生からもらった、超音波の写真の中にある、EFWが赤ちゃんの推定体重を示していますので、母子手帳の胎児発育曲線にプロットしてみてください。

 

 

 この際、重要なことは一回だけの体重だけでなく、その後の体重の経過を見ることです。妊娠中に何度か行った計測値で総合的に判断することが重要で、最初は±2.0 SDの範囲であっても、妊娠週数とともに体重の増加が少なくなり、-2SDの範囲を下回るようであれば、胎児発育不全が疑われます。

 一方、最初は胎児発育曲線の平均を下回っていても、妊娠週数とともに体重の増加がみられ、±2.0 SDの範囲内で発育が見られていれば、問題はありません。

 

 

胎児発育不全の原因と分類

 胎児発育不全がおこる原因としては、赤ちゃん自身の問題(胎児因子)、赤ちゃんに栄養や酸素を送る胎盤や臍帯の問題(胎盤臍帯因子)、お母さんの妊娠中の合併症(母体因子)があげられます。

胎児発育不全の2つのタイプ

 胎児の発育が阻害される時期と原因によって、胎児発育不全の赤ちゃんは均衡型と不均衡型の2つのタイプに分けられますが、均衡型と不均衡型が混在している混合型もあります。

均衡型胎児発育不全

 妊娠初期~中期の早い時期から発育が遅れ、推定体重が少なく、頭も体も全体的に小さい赤ちゃん です。このタイプの胎児発育不全は、染色体異常を含めた先天異常や胎内感染など、多くは赤ちゃん自身の原因によっておこります。また、妊娠中の喫煙や飲酒が原因になることもあります。

不均衡型胎児発育不全

 主に妊娠後半に発育がゆっくりとなり、頭は正常な大きさですが、体が細身な赤ちゃんです。

 これは、前置胎盤や臍帯の付着異常などの胎盤や臍帯の問題や妊娠高血圧症候群などお母さんの合併症が原因で、お母さんからの栄養が十分に赤ちゃんに供給されないために起こるものです。

 

 胎児発育不全が疑われたら、赤ちゃんに原因がないか、胎盤やから赤ちゃんに十分な血液が流れているかなど詳しい超音波検査が行われます。また、お母さんの血液や尿検査などによって、妊娠中の合併症や感染症の有無を調べますが、7割は原因が分からず、原因が見つかるのは3割ほどと言われています。

 

 

胎児発育不全の予防と治療

胎児発育不全の予防:確実な予防法はない

 胎児発育不全の確実な予防法はありません。タバコを吸わない、お酒を飲まないことはもちろんですが、妊娠の前に風疹などの予防接種を受けておくことも大切です。

 予防には、妊娠中適切な栄養管理や運動などとともに、身体的・精神的なストレスをさけ、お母さんが心身ともにリラックスして過ごせることが大切です。

胎児発育不全の治療=赤ちゃんの安全→赤ちゃんにとって胎内と胎外とどちらの環境が良いか?

 胎児発育不全があって、お母さんの合併症が原因であればその治療が優先されます。赤ちゃんの発育が完全に止まってしまうと、それ以上胎内にいても発育は期待できず、重症になると、供給される酸素が不足し、赤ちゃんが低酸素状態になってしまう可能性があります。

 お腹の中で赤ちゃんが元気な場合は、入院などによってなるべく赤ちゃんが胎内で大きくなるように妊娠期間の延長が図られますが、赤ちゃんに元気がない場合や、これ以上胎内での成長が見込めない時は、胎内に置いておくことは、かえって危険です。その場合には、適切な時期に娩出する必要があり、多くは帝王切開が必要になります。

在胎期間別出生時体格標準値:産まれた後の赤ちゃんの発育を評価

 胎児発育曲線が推定体重を用いて、胎児の発育を評価するために作られた曲線であるのに対し、出生後の赤ちゃんは、直接測定した出生体重によって発育を評価でき、同じ妊娠期間で生まれた新生児の出生体重をもとに作られた在胎期間別出生体重標準曲線が用いられています。

 この標準曲線は同じ妊娠期間で生まれた新生児の出生体重をもとに、性別と初産・経産別に作られており、出生体重が10パーセンタイル未満の赤ちゃんを不当軽量児(light for dates infant)、さらに身長も10パーセンタイル未満の児をSFD児(small for dates infant)と呼び、早産児の出生後の発育や発育上のリスクの評価に用いられています。

 

 

 

胎児発育不全の長期的な影響:胎児プログラミングによる成人病、低身長

胎児プログラミング

 胎児が胎内で、慢性的に低酸素や低栄養状態におかれる発育不全では、赤ちゃんの体の中で血流再配分がおこり、脳などの重要な臓器に血液が集められる一方、肝臓や膵臓、腎などへの血液の流れが減り発育が低下します。そのため、赤ちゃんは頭が大きく体がやせた不均衡な体型となります。

 胎児は胎内で、少ない栄養でも生きのびるため、エネルギー代謝や内分泌を調節して、エネルギー倹約型となり、胎内環境に適応します。子宮内環境の悪化に対するこの適応反応は胎児期を生き延びるのには有利ですが、この適応は遺伝子の変化を通して行われます。そのため、臓器や組織に起こった変化は、大きくなっても永続的に続くことがあるため、胎外環境で、栄養状態が好転すると、むしろ過適応となり、高血圧、糖尿病、心疾患などの生活習慣病の発症リスクが増大します。これを胎児プログラミングと呼んでいます。

 胎児発育不全はの赤ちゃんは、低血糖や多血症などの出生直後の影響だけでなく、生涯にわたって影響を及ぼすことがあります。

 

低身長

 産まれた時の出生体重と身長がともに、10パーセンタイル未満のSFD児(SGA :Small-for-gestational ageとも呼んでいます)の赤ちゃんの約90%は2歳までに身長は標準範囲内に追いついていきますが、残り約10%の子どもは、その後の身長の伸びが悪いことが知られています。

 これらの子ども達に対して、2008年10月から成長ホルモン治療が承認されました。こどもが3歳以上になった時点で、産まれた時の体重と身長、その後の身長の伸びなど、一定の条件を満たすと、成長ホルモンの治療が受けられます。

さいごに

 子どもの成長には一人ひとり個人差があります。胎児発育不全と診断された赤ちゃんの中には、たまたま体が小さいだけで、健康に何ら問題のない赤ちゃんもたくさんいます。妊娠中は身体的・精神的なストレスをさけ、リラックスして過ごすことが最も大切です。

 

ではまた。  Byばぁばみちこ