【連載ばぁばみちこコラム】第六十二回 子どもをめぐる法律(5)-配偶者暴力防止法- 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 配偶者や恋人など親密な関係にある人からの暴力(ドメスティック・バイオレンス;DV)は大人だけの問題ではなく、家庭内で一緒に暮らす子ども達にも大きな影響を及ぼします。
 また、DVに伴い子どもに暴力が及ぶことも多く、子どもの見ている前での夫婦間の暴力(面前DV)は子どもへの心理的虐待にあたります。

DVと考えられる行為=DVの本質は支配とコントロールの欲求

 DVにはいくつかの種類があります。「身体的暴力」だけでなく、心や人としての尊厳を傷つける「精神的暴力」「経済的暴力」「性的暴力」もDVと考えられます。多くの場合、これらの暴力は同時に行われています。

  DVの本質は相手を力で支配し、自分の思うままにコントロールしたいという欲望です。

 男性が加害者の場合、所有欲や嫉妬心が強く、「こうあるべき」「こうすべき」という固定観念を持っています。また、劣等感を持っていると、その反動として相手を支配しようとします。

 

配偶者暴力支援センターとは?=DVの相談機関

 配偶者暴力相談支援センターは、配偶者からの暴力を防止し被害者を保護するための相談機関で、都道府県にある婦人相談所などの施設がその機能を果たしています。また、市町村でも同様の機能を果たす施設を設置しています。

 配偶者暴力相談支援センターでは、被害者のDVについての話を聞き、対策を一緒に考えてもらうことができます。被害者が緊急時に逃げ込む一時保護施設(シェルター)、自立して生活するための就職支援情報、保護のための母子生活支援施設に関する情報を知ることができ、それぞれの施設との連絡調整を行ってもらえます。

また、加害者がこれ以上つきまとわないように裁判所から命じてもらうことができる保護命令制度についての情報を教えてもらえ、保護命令を希望する場合は弁護士や法テラスなどと連携しながら手続きを支援してもらうことができます。

 

保護命令制度とは?

 配偶者からの激しい暴力や脅迫によって、生命や身体にかかわる危害を受ける可能性がある場合には、被害者の申立てによって裁判所から「保護命令」を出してもらうことができます。

 

 保護命令には、(1)申立人への接近禁止命令、(2)申立人への電話等禁止命令、(3)申立人の子への接近禁止命令、(4)申立人の親族等への接近禁止命令、(5)退去命令の5つの種類があります。 (2)

~(4)の命令は、(1)の命令と同時か、接近禁止命令が既に出ている場合に出すことができます。

 

 加害者が保護命令に違反すると、刑事罰の制裁(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金)を受けることになります。

 

配偶者暴力相談支援センターへの相談件数

 全国の配偶者暴力相談支援センターへの相談件数は年々増加傾向がみられています。特にコロナによる外出自粛によってDVの増加と深刻化が懸念され、令和2年4月20日に新たなDV相談事業「DV相談+(プラス)」が開始されました。この相談事業は24時間の電話相談だけでなく、メールやSNSによる相談も行うことができ、10か国語に対応しています。

 このDV 相談+(プラス)導入後、令和2年の相談件数は前年の 1.6 倍の 13 万件を超えて急増しています。WEB面談にも対応しており、今後もDV相談の迅速化に役立つと思われます。

 

DV防止法とその後の改正の経緯=DV被害者の保護とともに子どもの虐待防止を最優先

 DV防止法は、正式名を配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護などの関する法律(配偶者暴力防止法)と言い、DV被害者を護るための法律です。このDV防止法により都道府県には、『配偶者暴力相談支援センター』を設置する義務があります。

 

 DV防止法は2001年(平成13年)に超党派の女性国会議員による議員立法で成立しました。  その後、今までに4回の改正が行われました。

 第1回の改正ではDVの対象を身体的暴力だけでなく、心身に有害な影響を及ぼす言動も対象となりました。その後、DV防止法の対象を配偶者だけでなく、元配偶者や同棲・同居している交際相手も含めるなど、対象を拡大し、4回目の改正では、子どもの虐待はDVと密接な関連があるとされ、保護すべき対象として被害者の同伴家族(主に子ども)が含まれることになり、子どもの適切な保護が行われるように児童相談所と互いに連携・協力が計られるようになりました。今後もDV被害者と虐待を受ける可能性のある子どもを切り離さずに、暴力を抑止していくことが求められます。

 

DV事案における警察の役割

 従来、警察は「民事不介入」を理由に、家庭の問題であるDVには立ち入らない傾向にありましたが、DV防止法が施行されて以降、DVに対して積極的な対応を取るようになってきました。

 施行以降もしばらくは、被害者からの意思に基づかない捜査は控えていましたが、深刻な被害の報告が繰り返され、警察庁は、被害者が被害届を拒んだ場合でも、客観的証拠や逮捕する理由がある場合は強制捜査を積極的に検討するよう全国の各都道府県に通達しています。

 DVでの逮捕は、ほとんど本人や近隣の人からの通報による加害者の現行犯逮捕です。DVで成立する罪として、最も多いのが暴行罪、次いで傷害罪、暴力行為等処罰法(刃物などで脅すなど)です。警察は、他の関係機関(配偶者暴力相談支援センター、福祉事務所、人権擁護機関等)と相互に連携を図りながら協力し、被害者の適切な保護を図るよう努めてくれます。

 

警察のDV 事案相談対応件数

 警察からの資料によれば、法律の改正に伴って、DVの対象となる事案が増えたこともありますが、DV被害者の相談件数は平成15年以降継続して増加しています。令和3年は83,042 件と最多で、DV防止法が施行された平成13年の約6倍に達しています。

 

 警察のDV 事案などの検挙状況

 保護命令違反の検挙は平成28年の120件を最高に、ここ数年は70 件程度にとどまっています。

DVに関連する刑法犯などの検挙は増加傾向でしたが、令和1年以降はほぼ横ばいで、令和3年には8634件(1日平均24人)が犯罪として検挙されています。

 

警察のDV相談事案の加害者と被害者の背景

 平成29年からの最近5年間の警察のDV相談397,829件での検討では、被害者の約8割は女性ですが、2割は男性で、女性から男性へのDVも見られます。女性が加害者の場合、男性のプライドを傷つけるような暴言など精神的暴力が多くみられます。

 婚姻関係でのDVが75%、次いで同棲関係でのDVです。

 被害者と加害者の年齢は30歳代をピークに20歳代から40歳代と子育ての時期と重なります。

 

DV家庭での児童への虐待

 内閣府からの報告によれば、令和元年の子どもがいるDV相談者のうち、直接的虐待が26.8%、面前DVが33.5%で、合わせて約60%の子どもに虐待がみられているとされています。

 

DVのある家庭で育った子ども達

 家庭の中で子ども達は親のDVに否応なく巻き込まれてしまい、心に深刻な影響を受けます。

 加害者から直接に暴力を受けたり、暴行を受けている親をかばおうとして、一緒に殴られることもあります。

 また、DV被害を受けている親から「お前のせいだ」と暴言を吐かれることもあります。

 DVが繰り返されることで被虐待児と同じような頭痛、夜泣き、夜尿、夜驚などの症状を表すことがあります。

 

 

 常に緊張し不安で、情緒が安定しなかったり、自分がDVの原因だと感じ罪悪感を持ったり、DVを止められないことによる無力感から自己評価が低くなってしまいます。  

 また、力関係を学習することによって、自分も暴力を振るようになってしまうことがあります。

 不登校や、いじめ、落ち着きのなさ、自傷行為、摂食障害などの問題行動を起こしたり、暴力と愛情の見分けができず思春期以降に対人関係に困難さを感じることもあります。

 

パパと怒り鬼 -話してごらん、だれかに-

 グロー・ダーレというノルウェー生まれの作家の絵本で、DVを子どもの視点から捉えています。主人公はボイという名前の男の子。この物語は「「やさしいパパ」への憧れで始まります。

 ボイはパパのDVは「自分が悪い子だから」と思っています。そして「パパ」の内から「怒り鬼」が出てこないよう祈っています。

 この物語は「怒り鬼」に支配されていく「パパ」の苦悩と、その圧倒的な暴力の前になすすべのないボイの家族を描いています。もちろん、暴力は絶対容認されるべきではありませんが、パパの中に、わずかでも家族に対する愛情が残されていることがこの絵本の救いです。ボイは「父親を告発する」のではなく、「父親を困らせる『怒り鬼』を告発」するために王様に手紙を書きました。。お城で暮らしたパパは怒り鬼の後ろにいる年取った鬼や気難し屋の鬼(これは幼い頃にパパが受けたDVの記憶だと思います)と対話することによって、自分を修繕していきます。

 この作品は、「悪いのは暴力をふるう大人のほう」で、絶対がまんしないで「誰かに相談する」ことの大切さを伝えています。また、加害者に対するアプローチによってわずかでも加害者自身が変わることへの希望を感じさせてくれます。

 

さいごに

DVかと思ったら? DV相談ナビ(#8008)か 警察へ

 「これってDVかな?」「ひどい暴力を受けて今すぐパートナーから逃げたい」など迷った場合には、是非声に出して相談してください。DV相談ナビ(#8008)に電話をすると、最寄りの配偶者暴力相談支援センターにつながります。また、警察官は110番通報があれば、すぐに駆けつけてくれ、配偶者暴力相談支援センターへの連絡や、申立人の安全確保のために自宅周辺の巡回等もしてもらえます。

 

 

 今後は、児童相談所、児童家庭支援センターなどの児童虐待に対応している部署と配偶者暴力相談支援センターなどのDV対応の部署が連携することが欠かせません。DV被害者と虐待を受ける可能性のある子どもを切り離さずに、暴力を抑止していくことが求められます。

 

ではまた。  Byばぁばみちこ