【連載ばぁばみちこコラム】第四十九回 子宮外への適応 ―胎児循環から新生児循環へ― 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 胎児循環から新生児の循環に順調に移行していくことは、赤ちゃんが子宮外での生活に適応していくためには不可欠です。一方、新生児早期に治療が必要となる先天性の心臓の病気の多くは、胎児循環には必要であった卵円孔や動脈管が、新生児循環への移行に伴って閉鎖することが原因で発症します。

胎児の循環はどのようになっているのでしょうか?大切な動脈管と卵円孔!!

 動脈管卵円孔は胎児の循環には非常に重要で、この2つが閉じてしまうと胎内で赤ちゃんは生きていくことができません。卵円孔は左心房と右心房の間の壁にあいている孔で、動脈管は肺動脈と大動脈をつないでいる血管です。

 胎児では、胎盤の臍帯静脈から酸素をたくさん含んだ血液が下大静脈を通って右心房へ流れこんでいます。この血液は、卵円孔を通って左心房→左心室→大動脈へと流れ、多くは頭部に送られており、赤ちゃんの脳は胎内で大事に保護されています。

 一方、胎児の肺の血管は収縮しており、肺には右心室からの血液の10%しか流れていません。上大静脈から戻ってきた酸素の少ない血液の多くは、右心房→右心室→肺動脈から動脈管を通って下半身に流れるとともに、臍帯動脈とつながって胎盤で酸素の供給を受けています。

 

 

新生児循環への移行

 新生児循環の移行には①肺の血管抵抗の低下②動脈管・卵円孔が閉鎖することが必要です。

肺の血管抵抗の低下

 胎児は予定日が近づくと、それまで高かった肺の血管抵抗が下がりはじめます。さらに、出生後肺での呼吸が始まると肺血管抵抗は急速に低下し、肺へたくさんの血液が流れるようになります。

卵円孔の閉鎖

 肺への血流が増加し、肺から左心房へ入ってくる血液の量が増えると、左心房の圧が高くなり、卵円孔は左心房側からふたをするように閉鎖します。

動脈管の閉鎖

 胎児の動脈管は大動脈や肺動脈と同じくらいの太い血管です。出生後、肺呼吸によって血液中の酸素の値が高くなることによって動脈管は閉鎖します。

 

 

 出生直後は、胎児循環から新生児循環動へ移る不安定な時期で、肺血管抵抗もまだ十分には下がりきっていませんし、動脈管と卵円孔も完全には閉鎖していません。この時期に、呼吸不全などによって赤ちゃんに酸素不足が生じると、再び肺動脈は収縮し、肺血管抵抗の再上昇によって胎児期の循環の状態に戻ってしまいます。

 

心臓の働きと心不全=心臓はポンプ

 心臓は全身に血液を送るポンプです。一分間に心臓から送り出される血液の量は、一回の心臓の収縮によって出ていく血液の量(一回拍出量)1分間の心拍数によって決まります。

 一回の心臓の収縮によって出ていく血液の量は、ポンプに例えると、ポンプをこぐ力(収縮力)、くみ上げる水の量(前負荷)、出ていく水の量(後負荷)によって決まります。

 収縮力、前負荷、後負荷の3つにバランスがとれていれば、ポンプは壊れることなく水をくみ上げることができますが、この収縮力、前負荷、後負荷のどれかに問題がおこれば、ポンプに負担がかかり、ポンプは壊れてしまいます。これが心不全と言われる状態です。

 赤ちゃんの心臓は小さなポンプのようなもので収縮力が弱く、また、末梢の血管抵抗が高い(ポンプに例えれば出口がとても狭くなっている)状態です。この状態で過剰な水分負荷(ポンプに例えればくみ上げて入ってくる水の量が多くなる)などの条件が重なれば、急激にポンプとしての機能を維持することができなくなり、心不全を起こします。心不全を起こした赤ちゃんは心臓の収縮力が弱いため、一回拍出量を増すことができず、脈拍が速くなります。

 

生後早期に問題となる先天性心疾患は限られている!!

 生後早期に問題となる先天性の心臓の病気は、出生後に肺の血管抵抗が下がることや胎児循環では必要があった動脈管や卵円孔が閉鎖することに伴って症状が現れます。

 酸素を含んだ血液が体循環へ流れない①の病気では卵円孔が開いていることが生存のためには不可欠で、卵円孔が閉鎖すると生存できません。

 また、体循環や肺循環がうまく確立できない②③の病気では生存のためには動脈管が開いたままであることが必要で、生後に動脈管が閉鎖すると症状が現れます。

 

生後早期に問題となる主な先天性心疾患

① 完全大血管転位症(TGA;Transposition of Great Arteries

 完全大血管転位症という病気は左心室から出るべき大動脈が右心室から、右心室からでるべき肺動脈が左心室から出ており、大血管の位置関係が完全に入れ替わっている病気です。病型によって3つの型に分かれていますが、このうち、最も問題になるのはⅠ型です。Ⅰ型では、肺へは動脈血のみが、全身へは静脈血のみが流れ続けるために、生後早期に高度のチアノーゼを生じ、このままでは生存ができません。

 

 

 生後しばらくは動脈管が開いていますが、動脈管が開いているだけでは、全身(特に上半身)に十分な酸素が送られません。上半身に十分な酸素を送るためには、左心房と右心房間の血液の流れ (心房間交通)が必要です。卵円孔は生後徐々に狭くなるので、十分な心房間の血液の流れを確保しするためには、バルーンを用いて心房中隔の卵円孔を広げるバルーン心房中隔裂開術が必要です。特に上肢の酸素飽和度が低い場合には早急に処置を行う必要があります。

 

② 総肺静脈還流異常症

 酸素を含んだ肺静脈の血液は左心房に戻り左心室から全身に送られます。肺静脈が左心房につながっておらず、すべて右心房につながっている病気が総肺静脈還流異常症です。

 肺静脈がつながる部位によって分類がされていますが、最も多いのは、上心臓型(I型)で、約半分を占めています。上下左右4本の肺静脈が共通肺静脈腔をつくり、垂直静脈を介して無名静脈に流れ、右心房に流れています。

 右心房内で体循環血と肺循環血が混ざった血液が卵円孔から全身に送られていくため、卵円孔が閉じると生存ができません。全身に送られる血液は混合血で、様々な程度のチアノーゼを生じます。また、肺に流れる血液量が多くなったり、血液の流れの途中で狭窄が生じたりすると肺のうっ血がおこります。重症な場合には早期の手術が必要です。

 

③ 左心低形成症候群

 左心低形成症候群は、全身に血液を送る最も大切なポンプである左心室が生まれつき小さく、全身に十分な血液を送ることができない病気で、生後早期に亡くなることが多い先天性心疾患のひとつです。

 左心低形成症候群は、構造として左心室が小さいだけでなく、僧帽弁(左心房と左心室の間にある弁)や大動脈弁(左心室と大動脈の間にある弁)に閉鎖または重度の狭窄があり、また、上行大動脈も細くなっています。

 全身への血液は動脈管を介して肺動脈からのみ流れるため、動脈管が閉鎖してしまうと全身の血流を維持できません。そのため、動脈管が閉じないようにするためのプロスタグランジンE1というお薬を点滴で持続投与することが必要です。

 また、僧帽弁が閉鎖(または高度の狭窄)しているため、左心房へ帰ってきた肺からの静脈血は左心室へ流れこむことができないため、卵円孔を通じて右心房に流れます。そのため卵円孔が狭い場合にはバルーンで拡張する必要があります。

 

 

④ 大動脈離断、縮窄症

 大動脈は左心室から全身に血液を送る最も大切な血管です。左心室を出ると、弓のような形をして上半身と下半身に血液を送るため、大動脈弓と言われています。

 この大動脈弓が途中で切れているのが大動脈離断、細くなっているのが大動脈縮窄症といわれる病気です。

大動脈離断症は切れている部位によって分類されており、大動脈弓の基部に近い部位で離断されているほど、上行大動脈から送り出す血液量は少なくなります。

 

 

 大動脈縮窄症で、心室中隔欠損など他の異常を合併するものは、大動脈縮窄複合と呼ばれています。合併症として多い心室中隔欠損を認める大動脈縮窄複合では、縮窄による左室後負荷の増大により、大半の血液が心室中隔欠損を通じ右心室から肺へ流れます。下半身の血流は、動脈管を介して肺動脈から供給されているため、動脈管が開いていることが必要で、プロスタグランジンE1の持続投与が行われます。

 生後、肺血管抵抗が低下し肺にたくさん血液が流れるようになると、下半身の血流量が減少してしまいます。肺の血流増加に伴う多呼吸とともに、下半身の血流減少に基づく症状がみられる場合には早期の外科的治療が必要です。

 

⑤ 肺動脈閉鎖

 肺動脈閉鎖は肺動脈弁が閉鎖し、肺動脈から肺へ血液が流れない病気です。右心室や三尖弁(右心房と右心室の間の弁)の形成が悪いことがあり、右室低形成症候群と呼ばれています。

 体循環から右心房にもどって来た静脈血は右心室に流れますが、肺動脈が閉鎖しているため右心房へ逆血します。生存には右心房と左心房の間の心房間交通が必要で、卵円孔が狭くなっている場合にはバルーン心房裂開術が必要です。また、肺血流は動脈管を介し、大動脈からの血流しかないため、プロスタグランジンE1の持続投与による動脈管を開いておくことが必要です。

 これらの治療を行っても動脈管の閉鎖傾向があれば、鎖骨下動脈と肺動脈のシャント手術が行われます。

 

先天性心疾患の胎内診断

 

 

 生まれる前に赤ちゃんの先天性心疾患が、胎内で診断されるようになってきました。2007~2012年に入院した123人の先天性心疾患の赤ちゃんのうち胎内診断がされていたのは70人(57%)で、診断率は年々増加傾向にあります。

 胎内診断されなかった53人の赤ちゃんでは、初発症状として、チアノーゼが最も多く、次いで呼吸障害がみられています。NICUへの入院は出生当が22人と約40%を占め、日齢3までに45人(約80%)の児に何らかの症状を認められ入院となっています。

さいごに

 コラムの内容が少し専門的だったかもしれませんが、およそ100人に1人は、生まれたときに心臓に何らかの問題(先天性心疾患)を持っていると言われています。原因の多くは特定できないことがほとんどですが、この確率はこの30年ほど、ほとんど変化していません。

 心臓に問題のない赤ちゃんでは正常な大人の循環になっていくのに、胎児期には必要であった動脈管、卵円孔などが閉じることが必要な一方、出生直後に問題となるような重症の心臓の病気を持っている赤ちゃんでは動脈管、卵円孔など胎内と同じ循環が残っていることが命をつなぐことになっていることに命の不思議さを感じます。

 寒くなりますので、体調に気を付けてくださいね。

ではまた。 Byばぁばみちこ