【連載ばぁばみちこコラム】第四十五回 産科医療補償制度(その2)-原因分析、再発予防― 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 産科医療補償制度の第一の目的は、重度の脳性麻痺の赤ちゃんと家族の経済的補償ですが、最終的には誰もが安心して産科医療を受けられることを目指しています。そのためには、脳性麻痺となった原因を分析し、同じような事例が繰り返されないようにすることが欠かせません。

原因分析はどのように行われるのでしょうか?

 原因分析は補償対象と認定された重度の脳性麻痺の赤ちゃんすべてについて行われます。

 まず、最初に①分娩機関および保護者から情報の収集を行い、それにも基づいて、原因分析委員会に置いて②原因分析報告書の作成が行われ、その後、③分娩機関と保護者へ報告書が送られます。

原因分析の開始から報告書の完成までには約1年前後が必要です。

 

 原因分析は、分娩機関の責任を追及することが目的ではありません。原因分析は公正で中立な立場で行い、報告書は分かりやすく信頼できる内容であることが必要です。分析委員会は、産科医だけでなく、小児科医、助産師、法律家および医療を受ける立場の有識者などから構成され、内部組織として7つの部会を設置しています。法律家の部会委員は、法律上の論点整理などの役割を担っています。

 

 

分娩機関と保護者からの情報収集による「事例の経過の作成」

 脳性麻痺が起こってしまった原因を分析するためには、赤ちゃんの妊娠分娩に関連した正確な情報を集めることが最も大切です。

 補償対象となった赤ちゃんの保護者には「審査結果通知書」を送る際に、①「原因分析のご案内」という書類が運営組織から送られます。また、分娩機関には、審査前に送られた診療録などの情報から作成した②「事例の経過」の確認を依頼し、分娩機関から、③「確認書」を受け取ります。

 運営組織は、分娩機関で確認された④「事例の経過」を保護者に送るとともに、それに対する意見の記入を依頼します。保護者は、分娩機関で確認された「事例の経過」を参考に、記憶と違う点や意見等をまとめ、⑤「原因分析のための保護者の意見」を記入し運営組織に提出します。

 運営組織は、保護者の意見をもとに、「事例の経過」を最終的に修正し、⑥「確認書」とともに送付し、保護者に内容の最終確認を依頼し、保護者から⑦「確認書」を受け取ります。

 運営組織は、保護者からの「確認書」をもとに確定した「事例の経過」をもとに、原因分析委員会部会において報告書案の作成を開始します。

 事例経過の確定に当たっては、分娩機関で確認された経過と保護者の記憶などとの間に食い違いがないかなど、保護者からの意見を十分に聞き、さらに文章にして、最終確認がなされています。

 

 

原因分析報告書の作成

 原因分析報告書は、確定された事例経過に基づき各部会の産科医委員が報告書を作成し、医学的な観点で審議を行い、最終的に委員会で報告書が承認されます。

 承認された原因分析報告書は、分娩機関および保護者に送付するとともに、再発防止や産科医療の質の向上のため、個人情報および分娩機関の情報の取り扱いに十分留意して、ホームページ上で開示され

公表されています。

 

 

原因分析報告書の公表・開示

  1. 原因分析報告書「要約版」の公表
    報告書は分娩機関および保護者に送った一定期間経過後に、本制度のホームページに掲載されます。

  2. 原因分析報告書「全文版(マスキング版)」の開示
    特定の個人や分娩機関が特定されるような情報等を黒塗りしたもので、「産科医療の質の向上に資すると考える研究目的」のための利用申請があり、当機構が妥当と判断さした場合に開示されます。

  3. 産科制度データの開示
    原因分析において提出されたデータのうち、妊娠・分娩経過および新生児期の経過等の情報を一覧化した産科制度データも、利用申請があり、当機構が妥当と判断された場合に開示されます。

 

原因分析報告書「要約版」

 「要約版」は報告書のうち、「事例の概要・経過」「脳性麻痺発症の原因」「臨床経過に関する医学的評価」「今後の産科医療の質の向上のために検討すべき事項」の部分について、個人や分娩機関情報を保護した上でまとめたものです。

 「要約版」は2017年5月の個人情報保護法の改正に伴い、2018年8月に一旦公表が停止されましたが、この制度の公益性の高さと全件を公表することで産科医療の質の向上に資することができるとの理由から、2020年8月以降、要約版は全件が公表されています。要約版はホームページ上で、条件で検索を行うことができますので、保護者が自分の赤ちゃんと同じようなケースが補償の対象となっているか参考にすることができます。

 

原因分析に対する分娩機関と保護者へのアンケート結果

 2011年から2012年、2013年、2015年、2018年の5回、保護者と分娩機関に対して、原因分析についてアンケート調査が行われています。分娩機関に計1075件、保護者に計1183件のアンケートが送られ、約60%の回答が得られています。

 

 

 「原因分析が行われて良かったですか?」という問いに対しては「とても良かった」「まあまあ良かった」を合わせた割合は保護者66.9%、分娩機関79.4%と分娩機関で高い傾向が見られています。

 また、保護者では18.6%が「どちらともいえない」、13.8%が「あまり良くなかった」「全く良くなかった」との回答が見られています。

 

 

 原因分析が行われて良かった点として、保護者、分娩機関とも「第三者による評価が行われたこと」が最も多い理由としています。

 

 

 保護者が、「あまり良くなかった」「全く良くなかった」と回答が多かった理由としては、「結局、赤ちゃんが脳性麻痺になった原因がよくわからなかった」と回答しており、赤ちゃんに「なぜ障害が残ったのか?」の客観的な答えが得られなかったことが理由と思われます。

 

 

 また、原因分析報告書を見た後に家族が分娩機関や医療スタッフに抱いた気持ちの変化については、良いまま変化なしは17.4%、悪いまま変化なしは49.3%で、66.7%で変化がないと答えています。

 また、悪いほうに変化したと答えたのは28.2%で、良いほうに変化したと答えた5.1%を上回っています。

 

 

原因分析報告書からみた脳性麻痺の原因と妊娠中の産科合併症

 現在までに原因分析がすべて終了しているのは、2009年から2012年に生まれて、補償対象となった赤ちゃん1516人です。

 このうち、脳性麻痺の原因が一つであったと分析された赤ちゃんは、693人(45.7%)で、いくつかの原因が重複しているのは170人(11.2%)でした。一方、原因が特定できなかった赤ちゃんは653人(43.1%)と、約半数近くになっています。

 単一の原因で最も多いのは、常位胎盤早期剝離で30%を占めており、次いで、臍帯脱出を含めた臍帯要因となっています。

 

 

 

 妊娠中の産科合併症を検討した分析結果では、1201人(79.2%)のお母さんで妊娠中に何らかの産科合併症が認められています。妊娠中の合併症は、定期的な妊婦健診で早期発見できるものもあり、定期的な健診が重要です。また、常位胎盤早期剝離などのように、予測が困難で、突然起こる合併症もあり、早く見つけるためには「強い腹痛」「異常なお腹の張り」「胎動が少ない」などの症状について、妊娠中に母親へ啓蒙することが必要となります。

 原因分析委員会の検討でも、全例の脳性麻痺の原因が解明できないのが現状であり、同様な事例を集め、再発防止委員会において、脳性麻痺発症のより詳細な分析が行われることが期待されます。

 

再発防止について

 整理蓄積した原因分析報告書などの個々の情報を分析し、分かってきた知見が「再発防止に関する報告書」としてまとめられています。

 テーマは、「脳性麻痺発症の防止が可能と考えられるもの」を中心に、実施可能で、積極的に取り組むことができ、妊産婦や病院運営者等にも活用できるものを中心に選ばれています。

 これらの情報を国民や分娩機関、関係学会・団体、行政機関等に提供することによって同じような事例の再発防止および産科医療の質の向上を図ります。また、再発防止に関する報告書や再発防止委員会からの提言はリーフレットやポスターとして公表し、分娩機関、関係学会・団体、行政機関等に配付するとともにホームページに掲載されています。

 

産科医療保障制度の原因分析、再発分析について思うこと

 

 親が子どもの障害を受け入れるには長い時間を要します。ひょっとしたら、一生受け入れることができないかもしれません。誰も障害を持っている子どもの親になりたくてなったわけではありません。

 子どもが脳性麻痺と診断された時、どの赤ちゃんのご両親も「なぜ?自分達の子どもが?」と思うのではないでしょうか?辛い思いの中で、妊娠中のあれこれを思い出し、自分を責めているお母さんもいるかもしれません。特に3歳くらいのまでの赤ちゃんの発育発達はめざましいものがあり、自分の子どもの発達が遅れていく現実の前では、どんなにきれいな言葉を並べても、絶望に近い思いと孤独を感じてしまいます。

 日本医療機能評価機構では、保護者の看護と介護の実態を明らかにするために、「脳性麻痺児の看護・介護の実態把握に関する調査プロジェクトチーム」を組織し、保護者へ看護と介護の実態についてアンケートを行い、調査結果が産科医療補償制度のホームページに掲載されています。

 対象は2009 年から2016 年に出生し産科医療補償制度の補償対象となった赤ちゃんの保護者で、約9割の子どもが在宅で過ごしており、子どもの世話の大半は母親が行っています。

 調査の中で、保護者の心がプラスに変わっていくためには、①介護サービス ②周囲の人の支援 ③障害を持つ児の親同士の交流など、家族の周りにいる人が重要な役割を果たしているとしています。

 特に、子どもの障害を受容する契機として、同じ障害児の親との出会いやサポートグループの存在が重要であると述べられています。

 原因分析によって再発を防ぐことはとても大切ですが、生じてしまった脳性麻痺のお子さんとご家族への様々な支援についての分析も進んでいくことを願っています。

 

さいごに

 医療的ケアが必要な多くの子どもがお家で療養しており、ケアの多くはお母さんが担っています。家族の献身的な努力は24時間、365日休みなく続きます。

 お母さんの心や身体的な負担を少しでも軽減する支援は子どもへの優しさや安心につながります。

 この産科医療補償制度から得られたデータよって、生じてしまった脳性麻痺のお子さんとご家族が望んでいる支援の分析も同時に進んでいくことを願っています。

ではまた。Byばぁばみちこ