【連載 ばぁばみちこコラム】第三十二回 赤ちゃんに問題となる妊娠合併症-甲状腺機能異常- 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 甲状腺ホルモンは、体の発育や知能の発達には欠かせないホルモンです。お母さんの甲状腺機能に異常があり、妊娠中の治療が十分に行われていないと、赤ちゃんの発育発達に影響を及ぼすことがあります。

甲状腺ホルモンはどのように作られているのでしょうか?

 

 甲状腺は首の前面にあり、左右に広がった蝶々のような形をしています。その中に、たくさんの濾胞細胞があり、チログロブリンという蛋白が満たされています。

 甲状腺ホルモンは、ヨウ素を材料として濾胞上皮細胞で作られ、濾胞細胞内に蓄えられています。甲状腺ホルモンには、3つのヨウ素が結合したT3(トリヨードチロニン)と4つのヨウ素が結合したT4(チロキシン)の2種類があります。

 濾胞細胞内に蓄えられているT3、T4の2つのホルモンは、血液中に出ていくときには、分解されて遊離型 (fT3、fT4) となります。

 

 血液中の甲状腺ホルモンの量は脳からの指令を受けて、一定に保たれています。

 脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)が、甲状腺にある受容体に結合することによって、甲状腺ホルモンが分泌されます。さらにTSHは、間脳の視床下部からの甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)によって一定量に調節されています。

 血液中の甲状腺ホルモンの量が増えすぎると、甲状腺刺激ホルモンの分泌量が減り、甲状腺ホルモンの分泌量が抑制されます。また、甲状腺ホルモンの量が不足すれば、甲状腺刺激ホルモンの分泌量が増し、甲状腺ホルモンの分泌が増加します。

 

甲状腺ホルモンの役割は?

 甲状腺ホルモンは基礎代謝を亢進し、発育の促進や知能の発達には欠かせないホルモンです。また、タンパク質の合成を促進したり、血糖を上昇させるなど代謝にも重要な働きをしています。

 甲状腺ホルモンの作用は、全身のほとんどの細胞にある甲状腺ホルモン受容体を介して起こります。ホルモンと受容体が結合すると細胞のDNAに作用し、全身の細胞で基礎代謝量を維持するとともに代謝の促進が起こります。

 

 2種類の甲状腺ホルモンのうちT3の方が強い作用がありますが、血中を循環する甲状腺ホルモンのほとんどはT4です。甲状腺ホルモンは、胎児や子どもの発育、特に脳の正常な発育に重要な役割を持っています。

 

妊娠中は甲状腺ホルモンの分泌に変化があるのでしょうか?

妊娠中の変化

 下垂体甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌は妊娠初期にわずかに低下しますが、その後の変動はほとんどありません。

 妊娠中に胎盤から分泌されるホルモンの一つであるヒト絨毛ゴナドトロピン(hCG)は、甲状腺刺激作用をもっており、100人に2人程度のお母さんで、妊娠の初期に甲状腺ホルモンが一時的に過剰になり、動悸などの甲状腺亢進症状がみられますが、程度は軽く妊娠中期以降自然によくなります。

 妊娠により甲状腺で作られる総T3・T4は初期から増加し、末期まで高値となります。これは、胎盤から分泌されるエストロゲンというホルモンによって、肝臓で作られる甲状腺ホルモン輸送蛋白であるサイロキシン結合蛋白(TBG)が妊娠していない時の2倍まで増加し、甲状腺ホルモンが多く作られるためです。

 

分娩後の変化

 産後、胎盤からのエストロゲン濃度が低下すると、サイロキシン結合グロブリ(TGB)は急激に低下します。その結果、甲状腺の濾胞細胞内の結合型T3・T4は血中に遊離型として、大量に放出されます。

 お母さんが、甲状腺機能亢進症で妊娠中に十分な治療がなされていなかった場合には、分娩後に大量のfT3・fT4が血中に放出され、甲状腺クリーゼという状態に陥ることがあります。高熱、頻脈、けいれん、錯乱、昏睡などの意識障害を伴い、手遅れになると亡くなる危険性もあります。

 

 

お母さんの甲状腺機能異常症

 

 お母さんに甲状腺機能に異常がみられる頻度は約0.1〜0.4%と言われています。日本産婦人科学会はガイドラインで、妊娠中に甲状腺機能の異常が疑られる場合には、甲状腺機能検査(血中TSH,fT4)を行い、異常があれば甲状腺機能の正常化をはかる治療を行うように勧めています。

甲状腺機能亢進症

【原因】

 甲状腺機能亢進症の約80%はバセドウ病という病気です。

 バセドウ病は「免疫系の異常」による「自己免疫疾患」と言われています。また、一部は遺伝的な要因も関与しています。

 本来、免疫は体に侵入したウィルスなどの異物に対して抗体を作る働きをしますが、何らかの原因で、自分の組織を異物として認識してしまうことがあります。 免疫システムに異常が起き、甲状腺を異物と認識し、TSH受容体抗体(TRAb)という甲状腺自己抗体が作られると、甲状腺のTSH受容体と結びつき、甲状腺から過剰のホルモンが作られ、甲状腺機能亢進症を起こします。

 

【症状】

 バセドウ病は、女性に多く、30~40歳代での発症が多く認められます。

 甲状腺の腫脹、手足の振るえ、眼球突出、動悸、多汗、体重減少などの症状が見られます。

 甲状腺ホルモンが高いまま、治療を受けずに妊娠すると,母体の心不全や妊娠時高血圧症候群,胎児の流早産などのリスクがあります。

 

【治療】

 甲状腺機能亢進症は抗甲状腺薬によって治療ができます。お薬によっては、妊娠初期の投薬が赤ちゃんに形態異常が起こすことがあり、専門の医師による投薬が勧められます。

 お母さんの甲状腺ホルモンやTSHはあまり胎盤を通過することはありませんが、TSH受容体抗体とお母さんの内服している抗甲状腺薬は胎盤を通って赤ちゃんの甲状腺機能に影響を与えます。

 赤ちゃんへの影響を防ぐためには、妊娠中の適切な治療によって、お母さんの甲状腺機能を正常化させることが重要です。妊娠中は甲状腺ホルモンの値に妊娠の影響がみられるため、検査を繰り返し、抗甲状腺薬の投与量を調節することが必要となります。

 

甲状腺機能低下症

【原因】

 甲状腺機能低下症の約半数は橋本病が原因です。また、甲状腺機能亢進症のために手術によって甲状腺の一部を摘出した場合や特発性粘液水腫という病気でも起こることがあります。

 橋本病は甲状腺の病気の中でとくに女性の割合が多く、男女比は約1対20~30程度と言われています。年齢別では30~40歳代が多くみられます。

 橋本病は甲状腺に慢性の炎症が起きている病気で、慢性甲状腺炎とも言われています。原因はバセドウ病と同様,自己免疫疾患とされており、サイログロブリン抗体(TgAb)や抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)などの甲状腺自己抗体が陽性を示します。炎症の程度が軽度であれば甲状腺機能は正常で、進行すると甲状腺機能低下症となります。

 

【症状】

 全身倦怠感、発汗減少、体重増加、便秘などの症状が見られます。

 甲状腺機能低下症では流産の率が上昇する可能性が示唆されています。特に甲状腺自己抗体が陽性の場合,流産率が約2倍となるとの報告もあり、甲状腺ホルモンの補充を行うことによって改善したとの報告がみられます。

 橋本病で陽性を示す抗サイログロブリン抗体や、抗マイクロゾーム抗体などの甲状腺自己抗体は、胎盤を通過しても新生児の甲状腺機能に影響することはありません。

 甲状腺自己抗体の一つである甲状腺刺激抑制抗体(TSBAb)が陽性である特発性粘液水腫では、抗体が胎盤を通じ移行し、赤ちゃんに一過性甲状腺機能低下症を起こします。

 

【治療】

 妊娠12週以前では、胎児は甲状腺でホルモンを作る機能が弱く、母体から移行するホルモンに依存しています。そのため、母体に甲状腺機能低下症があると,赤ちゃんは甲状腺ホルモンが低下し、神経発達が障害される可能性があります。

 妊娠前から甲状腺機能低下症が認められている場合には,妊娠が判明した後には甲状腺ホルモン剤の増量が必要となることが多いので、専門医による治療が望まれます。

 

お母さんのどのような甲状腺機能異常に注意が必要でしょうか?

 お母さんの甲状腺機能異常があってもすべての赤ちゃんに問題が起こるわけではありません。

お母さんに適切な投薬をして、お母さんの甲状腺機能が正常に保たれていれば、胎児の甲状腺機能に問題を生ずることはありません。

 お母さんのTSH受容体抗体がかなり高い場合には注意が必要です。

 出生後は、赤ちゃんの体内では、お母さんから移行していた薬が途絶え、抗体のみが残るため、新生児が甲状腺機能亢進症になって治療が必要になることがあります。これを新生児バセドウ病と呼んでおり、その頻度はバセドウ病の妊婦の1~5%と言われています。

 

 お母さんがバセドウ病での抗甲状腺剤を飲んでいる場合、薬の量が多すぎると甲状腺機能低下症をおこすことがあります、また、お母さんの甲状腺刺激抑制抗体が陽性の場合も、赤ちゃんに甲状腺機能低下症をおこすことがあります。

 母親由来のこれら甲状腺自己抗体は産後3ヵ月以内には消失し、赤ちゃんは自然に治ります。

 

 

妊娠中の海藻の取り過ぎに注意しましょう

 

 妊娠中は、昆布やわかめなどヨウ素をたくさん含んでいる食品の摂取量に気をつけなくてはならないことを知っていますか?

 ヨウ素は甲状腺ホルモンを合成するために不可欠で、胎児の骨や脳の発育にも必要といわれています。摂取量が不足すると、赤ちゃんが甲状腺機能低下症を引き起こす可能性があります。しかし一方で、妊娠中や授乳中にお母さんがヨウ素を取り過ぎると、赤ちゃんに甲状腺機能低下が生じる可能性が指摘されています。

 ヨウ素過剰による甲状腺ホルモンの合成低下は、「急性ウォルフチャイコフ効果」と呼ばれ、 その機序は完全には解明されていませんが、 甲状腺ホルモン阻害物質が発生するためではないかと推測されています。過剰投与により甲状腺がフル稼働し、その結果、甲状腺が機能を果たさなくなったと言えます。この急性ウォルフチャイコフ効果は永続的なわけではなく、ヨウ素の過剰な接種をやめれば、数週間でもとに戻ります。

ヨウ素の1日摂取量

 厚生労働省はヨウ素の1日推奨量を示しています。それによると、 18歳以上の成人ヨウ素推奨量は130μg/日、 上限量は3,000μg/日とされています。

 厚生労働省によれば、日本人の平均のヨウ素摂取量は、1,400μg/日(1.4mg/日)程度と推測され、推奨量の10倍以上で、 多くの人がヨウ素の摂取過多の傾向にあると言えます。

 食材100g当たりのヨウ素の含有量は海藻類では極めて多く、また、市販の調味料やドレッシングなどにも昆布だしが使われており、使い過ぎには注意が必要です。

 

 

 

妊娠中のイソジンなどのヨード系うがい薬にも注意!!

 妊娠中はなるべくお薬を避けたいですよね。風邪を引いたときや、風邪の予防にうがいをされるお母さんも多いと思いますが、イソジンなどヨード系うがい薬には注意が必要です。

 長期間に毎日使用するとヨウ素(ヨード)が粘膜から少しずつ吸収され、過剰摂取となって、赤ちゃんに甲状腺機能低下症を引き起こす可能性があります。

 

さいごに

 お母さんに甲状腺機能異常があっても、妊娠中にきちんと検査と治療を行えば、赤ちゃんにほとんど影響はありません。

 妊娠中はヨウ素の摂取量に注意が必要ですが、過剰摂取のみを気にするのではなく、健康的な食生活が大切です。赤ちゃんの体を守るためにバランスの良い食生活を心がけてくださいね。そして、お腹の中の赤ちゃんに、食事の時には「美味しいね。」と語りかけてください。

ではまた。  Byばぁばみちこ